ひふみよ、いつむななや、

wareratoki:

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ozkn.netをご覧のみなさまへ࿁࿀⃝◯⃝⎔ㅇ⎔


とうとう一年間の節目が来てしまいました。

「東京の街が奏でる」が終わって間もない一年前のあの日から

沢山の投稿、驚くほどの閲覧 共にありがとうございました。

おかげさまでみなさんと一緒になって一年の間 この幌馬車の車輪をゆったりと楽しんで廻す事ができました。

この場所は ムラもなく淡々と青々と育って いつのまにか ちょっと他ではみた事のない内容/ムードの空間になっていたと思います。

色々な、本当に色々な人のそれぞれの環境でのさまざまな日常/人生の 灯りの色と光

ともすればついうっかりと見過ごしてしまいがちな…

&1、そーゆう意味だったんだなぁ。誰かの得点のあとの、もう1本の小沢くんのフリースロー。それは、ばっちりあのリングのなかに吸いこまれたはず。気持ちいいくらいに。

ある力

もう永遠に更新されないんじゃないかと思った、ひふみよダットネットの第十二夜の更新。
(真っ暗闇で聴いたビバップと僕旅で、このまま真っ暗のまま終わるんじゃないかと思ったように。)
朗読のお話。

私も行った、最終日第十二夜のやくしまるえつこちゃんのオープニングモノローグは、
あの独特のペースがなんだか痛快で、
すこしざわつくようなオペラシティのお客さんたちとの空気感がなんだかとてもおかしかった。

日本の会社では、朝礼で各社員や役職者が持ち回りでコメントをすることがよくあり、
私の会社でも例に漏れず昨年からその習慣が続いている。
先日私の番が回ってきたとき、
「文学のテクノロジー」を社員みんなで1センテンスずつ音読するということをした。
あの細長い冊子を順番に回して読み、
自分で読まないところはひとの音読を耳をすませて聞いた。
おもしろいなと思ったのが、読むテンションがみんなそれぞれ違ったこと。
抑揚をつけて立派に朗読するひと、朝から声が出ずぼそぼそと読むひと。
基本的に、みんななにかを音読するとき、どうしても標準語になるようだ。
私は、この文章を伝えたいなと思うと、どうしても大阪弁まるだしになってしまう。
小沢くんが書いた文章は、
もう完全に小沢くんのあの語り口で脳内再生されるのが当たり前になっているけど
(きっと、ここに集まっているみんなも安易にそうだと思う)
その文章が大阪弁のイントネーションに乗って発音されるのも、
とてもくすぐったくて我ながらおかしかった。
ひふみよの更新で、
「書いた人の気持ちは無視して、書かれた記述の中にある力を解き放つ」という
小沢くんの言葉がしっくりきすぎて、またおかしくなった。
記述の中にある力が、大阪弁に乗って解き放たれた!

「影は美しく、危ない。」

楽しみにしている、十二夜分のひふみよ更新。
今日は、私の観に行った第六夜が更新された。
日付は変わったけど、一緒にオペラシティへ行った相方との入籍記念日の、4月1日。

影の話で思い出した。
去年の夏、苦しくてくるしくてどうしようもなかったとき。

強い太陽の光がアスファルトに落とす濃ゆいこゆい真っ黒の影が、こわくてしかたがなかった。
いつも涙をこらえ下を向いて歩いていると、その影はそこかしこの地面に開く穴のように見えた。
なにがそんなにつらかったのか、いまとなってはよく思い出せないけど、
そのころの出口のない闇は、地面の影と一緒にふと思い出される。

車のフォルムや、樹々の幹や葉っぱのかたち、歩くひと。
そこにある街の景色が、黒一色のシルエットになって、繰り返される。
私が立っているのは、どちらの地面なんだろう。
という錯覚に溺れる。

「影は美しく、危ない。光との関係も謎めいている。」

オペラシティのステージの後ろであんなに美しくくるくると踊っていた影絵と、
私が怯えていた真っ黒い影も、同じものだったのか。
と気づいた、2013年4月2日。

想いをこめて、一筆一筆色をのせた言葉は、きっと届くと信じてる。見せてくれ。心の中にある光。

想いをこめて、一筆一筆色をのせた言葉は、きっと届くと信じてる。見せてくれ。心の中にある光。

914お茶でも飲みましょう、Twitter/Instagramのタイムラインで楽しく拝見しました!煙茶がとてもうらやましくて、でもウイスキーは苦手なので、今夜のために私もカクテルを考えてみました。リモンチェッロをアイスティとソーダで割っただけのものですが。ティーソーダがはじけるさわやかなカクテル。スヰンギン☆レモンティと名付けましたよ。残暑きびしく寝苦しい夜に、いかがですか?

914お茶でも飲みましょう、
Twitter/Instagramのタイムラインで楽しく拝見しました!
煙茶がとてもうらやましくて、でもウイスキーは苦手なので、
今夜のために私もカクテルを考えてみました。
リモンチェッロをアイスティとソーダで割っただけのものですが。
ティーソーダがはじけるさわやかなカクテル。
スヰンギン☆レモンティと名付けましたよ。
残暑きびしく寝苦しい夜に、いかがですか?

ネコとうさぎ。

ネコとうさぎ。

昨日の「別テイク」での、ボタンのお話。
小沢箱(と勝手に呼んでてすみません)に入ってた、鹿ボタン。 小沢くんは、やっぱりボタンはシャツにつけるのが良い、とゴリ推ししていましたね。 シャツのボタンを留めるときに触った感じが、ぷっくりとふくらんでいるのが良い、と。 (タケイさんがちらっとお話ししてた、 バウハウスも最初に習うのはいろんなものを触ってみること、というお話も、 とても興味深かったな。)
小沢箱の鹿ボタンは一度袋からじゃらっとだして、うっとりして、 そのまままた袋にじゃらっとしまったままだったので、 今朝はねっかえる熱情そのままに、イキオイでシャツの一番上のボタンとつけかえた。 本当は、ぱりっとした白シャツとかが似合うんやろうけど。 シャツを着た最後に一番上の鹿ボタンを留めると、つるりとした指触りのボタンを感じる。 そこには、鹿の角と手裏剣星の彫り模様。 うっとりする心地よさと、はっとする心強さと。
友達が話してたのだけど、この鹿ボタンはとてもキレイだけど、 やっぱりなにかを留めるという目的を持ったときに一番美しくて、素敵だ、と。
あと、小沢くんが言ったこのコトバもはっとしたな。 ボタンって、落としてなくしちゃうことがあるかもしれないけど、それもまたいいかな、と。
ボタンって、こんなにもドラマチックだったんだなぁ。

昨日の「別テイク」での、ボタンのお話。

小沢箱(と勝手に呼んでてすみません)に入ってた、鹿ボタン。
小沢くんは、やっぱりボタンはシャツにつけるのが良い、とゴリ推ししていましたね。
シャツのボタンを留めるときに触った感じが、ぷっくりとふくらんでいるのが良い、と。
(タケイさんがちらっとお話ししてた、
バウハウスも最初に習うのはいろんなものを触ってみること、というお話も、
とても興味深かったな。)

小沢箱の鹿ボタンは一度袋からじゃらっとだして、うっとりして、
そのまままた袋にじゃらっとしまったままだったので、
今朝はねっかえる熱情そのままに、イキオイでシャツの一番上のボタンとつけかえた。
本当は、ぱりっとした白シャツとかが似合うんやろうけど。
シャツを着た最後に一番上の鹿ボタンを留めると、つるりとした指触りのボタンを感じる。
そこには、鹿の角と手裏剣星の彫り模様。
うっとりする心地よさと、はっとする心強さと。

友達が話してたのだけど、この鹿ボタンはとてもキレイだけど、
やっぱりなにかを留めるという目的を持ったときに一番美しくて、素敵だ、と。

あと、小沢くんが言ったこのコトバもはっとしたな。
ボタンって、落としてなくしちゃうことがあるかもしれないけど、それもまたいいかな、と。

ボタンって、こんなにもドラマチックだったんだなぁ。

心をぎゅっとつないで、勝ち点3!!!
I Believe!!!

心をぎゅっとつないで、勝ち点3!!!

I Believe!!!

「我ら、時」展覧会@大阪HEP HALLに行ってきました。
 
「東京の街が奏でる」のコンサート前に渋谷PARCOでの展覧会にも行ったのですが、
その時は時間がなく駆け足でほとんど音を聞かず写真だけを見てまわりました。
この後、私たちはきっと間違いなく美しいコンサートを観て、
大阪の街に、私の日常に戻ってから、この展覧会が東から北から西からやってくるのを
とてもとても楽しみに待っていました。
 
そして、いよいよ大阪の街にやってきた「我ら、時」展覧会。
まず、譜面台の説明を読み、いざ入口へ。
ごつん!
はい、いきなり壁にぶつかりました(笑)
あまりの暗闇っぷりに、まんまとだまされましたよね。
みなさん、進路は入念に確認を。
 
最初に、小沢くんのあの目が迎えてくれました。
あの写真、だいすき。
すべてを見透かされてるようでもあり、
なにも(そこにあるものは)見ていないようでもある、目。
この目で、世界を見てきたんだな。
 
強烈な色を放ちながら語りかけてくるような写真の前に向き合い、
小沢くんの話す声(イントネーションや言葉を区切るところまで、小沢くんそのもの)を
浴びる。
そう、浴びる、という表現が適切。
 
写される景色と語られる話は、さまざまでした。
場所を変え、時を超え、
降ってくる音をキャッチした途端に、そこに連れて行かれました。
 
さて。突然ですが、この後の文章は、私が「ひふみよ」の後に書いた日記の一部です。
曲の間にはさまれたモノローグについて。
 
—————————————-
 
彼が今日まで辿ってきた道や考えをそっくりなぞることは難しいけれど、 
そこを経て、彼がここに戻ってきてくれたことが、 
なにものにも換え難い奇蹟だと思った。 
そこを経て、今日演奏される「犬は吠えるがキャラバンは進む」や 
「LIFE」やそれ以降の曲たちは、 
ほんとうに奇蹟のように美しく響いた。
 
—————————————-
 
あの時あんな風に感じていた「彼が今日まで辿ってきた道や考えをそっくりなぞること」は、
「東京の街が奏でる」の後、こんな風に私の目の前に届けられました。
(展覧会が始まった時期を考えると、「東京の街が奏でる」と同時だったけど、
私にとっては、ここ大阪の街でこの展覧会を見ることに意味があったので、
「東京の街が奏でる」の後。)
これは、まさに、「ひふみよ」から「東京の街が奏でる」までの「時」でした。
最後のふたつの写真を見て聞いた後に、気がつきました。
 
「我ら、時」
2010年の年明けに小沢くんがコンサートをすると聞いた時から、
オペラシティでの甘く美しい時間を経てそれぞれの日常に帰ってきたところまで。
それが、「我ら、時」なのですね。
小沢くん、あなたから受け取ったものを、ようやく理解することができました。
 
これで、おしまい。
ひとつ下の階でお迎えしてくれた狐さんにもお別れをして、
本当に終わりました。とさ。
 
 
おまけ:ラオス、小川が流れる。この写真が一番すき。
目を閉じると、いつでもまぶたの裏に現れる。小沢くんの声と一緒に。
 

「我ら、時」展覧会@大阪HEP HALLに行ってきました。

 

「東京の街が奏でる」のコンサート前に渋谷PARCOでの展覧会にも行ったのですが、

その時は時間がなく駆け足でほとんど音を聞かず写真だけを見てまわりました。

この後、私たちはきっと間違いなく美しいコンサートを観て、

大阪の街に、私の日常に戻ってから、この展覧会が東から北から西からやってくるのを

とてもとても楽しみに待っていました。

 

そして、いよいよ大阪の街にやってきた「我ら、時」展覧会。

まず、譜面台の説明を読み、いざ入口へ。

ごつん!

はい、いきなり壁にぶつかりました(笑)

あまりの暗闇っぷりに、まんまとだまされましたよね。

みなさん、進路は入念に確認を。

 

最初に、小沢くんのあの目が迎えてくれました。

あの写真、だいすき。

すべてを見透かされてるようでもあり、

なにも(そこにあるものは)見ていないようでもある、目。

この目で、世界を見てきたんだな。

 

強烈な色を放ちながら語りかけてくるような写真の前に向き合い、

小沢くんの話す声(イントネーションや言葉を区切るところまで、小沢くんそのもの)を

浴びる。

そう、浴びる、という表現が適切。

 

写される景色と語られる話は、さまざまでした。

場所を変え、時を超え、

降ってくる音をキャッチした途端に、そこに連れて行かれました。

 

さて。突然ですが、この後の文章は、私が「ひふみよ」の後に書いた日記の一部です。

曲の間にはさまれたモノローグについて。

 

—————————————-

 

彼が今日まで辿ってきた道や考えをそっくりなぞることは難しいけれど、

そこを経て、彼がここに戻ってきてくれたことが、

なにものにも換え難い奇蹟だと思った。

そこを経て、今日演奏される「犬は吠えるがキャラバンは進む」や

LIFE」やそれ以降の曲たちは、

ほんとうに奇蹟のように美しく響いた。

 

—————————————-

 

あの時あんな風に感じていた「彼が今日まで辿ってきた道や考えをそっくりなぞること」は、

「東京の街が奏でる」の後、こんな風に私の目の前に届けられました。

(展覧会が始まった時期を考えると、「東京の街が奏でる」と同時だったけど、

私にとっては、ここ大阪の街でこの展覧会を見ることに意味があったので、

「東京の街が奏でる」の後。)

これは、まさに、「ひふみよ」から「東京の街が奏でる」までの「時」でした。

最後のふたつの写真を見て聞いた後に、気がつきました。

 

「我ら、時」

2010年の年明けに小沢くんがコンサートをすると聞いた時から、

オペラシティでの甘く美しい時間を経てそれぞれの日常に帰ってきたところまで。

それが、「我ら、時」なのですね。

小沢くん、あなたから受け取ったものを、ようやく理解することができました。

 

これで、おしまい。

ひとつ下の階でお迎えしてくれた狐さんにもお別れをして、

本当に終わりました。とさ。

 

 

おまけ:ラオス、小川が流れる。この写真が一番すき。

目を閉じると、いつでもまぶたの裏に現れる。小沢くんの声と一緒に。

 

私たちの、魔法の言葉とメロディ。

(投稿していたことも実はすっかり忘れていたのですが、
 せっかくなので、ダットネットに採用記念に。笑)

どんどん消えゆく、東京の街が奏でる、のコンサートの記憶。
チョコレートは、脳の衰えと比例して、加速度的に減ってゆく。

一曲目の、東京の街が奏でる。
みんなが、彼のアタラシイ曲の一語一語を聞き逃さないよう耳をすませて聴いている。
照らす、照らすとくりかえしギターをかき鳴らす小沢くんがあっさりと、
青ーい空がかがーやく、と歌っただけで、
私の涙腺はいとも簡単に崩壊した。

このフレーズは、私たちにとって、魔法の言葉とメロディだ。